Search


Category Archives

2008年05月29日

握り寿司の数え方

なんでこのような呼び方をするんでしょうか。

現在では、握り寿司1つを「1かん」と数え、「貫」の文字を当てることが多い。寿司を「かん」と数えた例は比較的最近からであり、古い文献に「かん」という特別な助数詞で数えた例は見当たらない。いずれも1つ2つ、または1個2個である。江戸時代末期の『守貞謾稿』では1つ2つと数えている。明治43年(1910年)与兵衛鮓主人・小泉清三郎著『家庭 鮓のつけかた』、昭和5年(1930年)の永瀬牙之輔著『すし通』でも1つ2つ。昭和35年(1960年)宮尾しげを著『すし物語』でもやはり1つ2つである。ただし、寿司職人の間で戦前の寿司一人前分、握り寿司5つと三つ切りの海苔巻き2つを太鼓のバチ(チャンチキ)に例えて、「5かんのチャンチキ」と呼んだとわずかに伝えられている。もともと一般性がなく、忘れられかけていた「かん」という助数詞が、昭和の終わり頃から情報番組などでメディアに登場して注目され、「かん」という音の響きが握り寿司にフィットしたこともあってか、現在定着するに至ったようである。同時に「昔1かんの寿司を二つに切って提供したなごりで、寿司2つで1かんという」とした説も頻繁にメディアに登場したが、握り寿司を二つに切って提供することが標準化した時代はない。「ひとつ一口半」とされていたサイズが現在のサイズに切り替ったのは明治の中頃から戦前までの間と言われており(篠田統「すしの話」、長崎福三「江戸前の味」)、サイズが変わった後も、昭和の中頃になるまで寿司は1つずつ給仕されていた(宮尾しげを著『すし物語』)。現在も尚、2つで1かんと呼んでいる人々はいるが、由来は不詳である。「かん」の語源は諸説あり定かでないが、海苔巻き(もしくは笹巻き寿司や棒寿司などの巻いた形式の寿司)1つを「1巻」と数えたことからという説が一番もっともらしい説。他には江戸時代に穴あき銭を貫いて一つなぎしたものの「貫」から転じたという説、重さの単位「貫」から転じたという説などがある。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
デリヘル 鶯谷
デリヘル 品川

trackbacks

trackbackURL: